風景づくりを考える

 

(仮:2004年1月4日暫定アップ版) 東京事務所:千葉晋也、坂井えりか

 

 

ここでは、東京都世田谷区において、区と区民との協働の取り組みで進められてきた「地域風景資産の選定」に関する情報をお届けしていきます。
東京事務所では、これらのしくみづくりにおいて平成11年からお手伝いをしてきました。
地域風景資産のしくみの紹介や分析等を通して、より多くのみなさんに知っていただき、まちづくりに役立てていただければ幸いです。


 

●概要

 

世田谷区は平成11年3月に「世田谷区風景づくり条例」を制定しました。この条例は、区民と区職員が共に考えそして共に行動しながら、世田谷の風景を守り、育て、もしくは創り、次代に継承していくための道しるべです。
この条例の目的の実現のため、区民と区職員とが一緒に街を歩き、見てそして考えることを通して、地域の魅力を形づくっている風景、大切にしたい風景(地域風景資産)とはどのようなものなのかを考えていくために、平成11年7月から「風景づくりフォーラム」がはじまりました。

 

 

●地域風景資産とは

 

地域風景資産とは、条例の第12条第1項で位置づけられている身近な大切な風景を、区民の地域活動(風景づくり活動)によって、守り育てていくためのしくみです。
 

  (地域風景資産の選定)
第12条第1項:区長は、区民等が地域の個性や魅力を共有し、風景づくりを推進する手掛かりとなるよう、風景づくりに寄与している建築物等若しくは木竹又はこれらを含む区域その他規則で定めるものを、区民等の参加の下に、地域風景資産として選定することができる。
※詳しくは区のホームページをご参照下さい

 →条例の主旨
 →風景づくり条例条文

 

 

●一般の景観条例に定める都市景観重要建築物等との違い

 

全国の自治体が定めている景観条例において、「都市景観重要建築物」や「歴史的建造物」といった言葉で、都市景観の形成に寄与している歴史的な建築物等を指定し、残していこうという制度がありますが、それらと地域風景資産は次の点で異なっており、それがこのしくみを個性的なものにしています。

第一に、地域風景資産たる対象の範囲。歴史的に価値がある建築物だけでなく、これからなり得る建築物、シンボリックな樹木や並木、あるいは眺望ポイントなど、対象を幅広くとらえています。

第二に、地域風景資産の選定方法。専門家に委ねるのではなく、生活者としての区民等の参加のもとに、互いに確認しあい、選定していくことを基本としています。

第三に、選定の趣旨。財政的支援をしてまで絶対に残していきたいというものを厳選することが目的ではなく(この目的のために「登録」という次のステップがあります)、選定のプロセスに重きを置いています。「これは大切だ」と言って押し付けるのではなく、地域に共通理解されている魅力、あるいは選定という行為を通して共通理解された魅力を明らかにし、そこから具体的な風景づくり活動がはじまり、地域のコミュニティの形成に寄与していくことを目的としています。

 

 

●風景づくりフォーラムでは

 

先に紹介した条文にもあるように、条例では地域風景資産の定義や選定方法、選定基準の具体的な内容については触れられていません。
これらを平成11年から14年までの4年間にわたり、公募で集まった区民の集まりである「風景づくりフォーラム」において、具体的な内容を議論していきました。
フォーラム自体は、委員会や協議会といったメンバーがしっかり決まっている組織ではなく、誰もが自由に出入りでき、参加できる場であることが特徴です。
従って、参加者は流動的である一方で、積み重ねられた議論の共有をワークショップ形式で徹底することや、年1回の記録集『街に出る。』シリーズの発行や、シンポジウム、まち歩きイベントの開催により、フォーラムに参加した人々の意見の集約から、個性的な区民よりの視点をもった選定基準や方法が生み出されました。●地域風景資産選定の4つの条件
条例を踏まえつつ、風景づくりフォーラムで議論してきたことをまとめると、地域風景資産選定の4つの条件が生まれました。

  1.風景としての資産の価値がある
  2.地域の共感・共有がある
  3.風景づくりにつながるアイデアがある
  4.コミュニティづくりにつながるアイデアがある


この条件は抽象的な内容であるため、選定を担保するために具体的に交流したり、現場を歩いたり、計画づくりをサポートしたりといった、選定プロセスが重要になりました。

 

 

●複雑な選定プロセス

 

選定のプロセスには4つの役割を持つ人々が登場します。

 

1.推薦人: 風景づくりの主役になる人。区報の募集により、身近な風景を推薦しその後サポーターと「風景づくりプラン」をつくり提出する。選定後は、風景づくりの活動人として、現場活動を進める。
2.サポーター: 推薦された風景を実際に現場で確認し、推薦者にその風景の中で何を風景づくりの核(地域風景資産)とすべきか、どんな風景づくり活動ができるのかをアドバイスし、風景づくりプランの作成を手伝う役割。推薦された物件の近くに住む区民が担う事が多い。
3.選定人: 提出された風景づくりプランの内容を、現場に出て確認し、選定評価を行う役割。風景づくり講座を受講した区民と、現場の職員と、選定プロセスをよく知るフォーラム参加者の3人一組で構成され、一組3物件程度を担当した。
4.審査人: 様々な現場から集まった選定人による選定評価を、公開選定の場で全体のバランスを見ながら総合的な評価をする役割。区の幹部系職員や学識経験者、公募による区民によって構成されている。
 
     

これらの役割が、次のようなプロセスで選定を行います。平成14年度には第1回の地域風景資産の選定として、平成13年8月13日の募集にはじまり、平成14年11月9日の公開選定までの1年以上の期間をかけて実施されました。

 

1.推薦: 区報等によって広く「大切にしたい風景」を募集。募集した人が推薦者となる。平成14年度第1回目の募集では、125人の推薦者によって160件の推薦が集まった。
2.説明会: 推薦者を集めて選定のしくみやプロセスを説明。同時にサポーターと推薦者の顔合わせの機会ともなる。平成14年度は101人が参加。
3.現場確認まち歩き: 集まった風景は、まち歩きにて推薦者、サポーターがみんなで回り、現場で推薦者の想いを説明してもらった。まち歩きは3回に分けて実施。全81箇所をまわった。
4.交流会: 推薦者、サポーターが集まり、推薦の想いを風景づくりプランにまとめるためのアイデア出しや悩みの共有を行った。
5.展覧会: 地域風景資産の意図をしっかりと理解し、かつ選定に向けて活動をしたいと考えている推薦者の推薦物件を、展覧会で展示。平成14年度は61件が展示された。
6.風景づくりプランの提出: 風景づくりプランは、選定の4つの条件にもとづき地域風景資産を核に、どんな風景づくり活動をどういう仲間と進めるか。将来、地域コミュニティにどう広げていくかなどを計画するもの。一人では条件が満たされず、「推薦者という個人」がどうやって仲間づくりを進めるかが一番の壁となった。また、7ページにわたる計画書づくりも一般の区民にとってはハードルの高い作業である。このハードな作業を支える役割がサポーターであるが、第1回目ということもあり、十分なノウハウがサポーターに蓄積されていないため、必ずしも効果的なサポートができなかったケースも多かった。平成14年には42件のプランが提出された。
7.選定人現場確認まち歩き: 42件の物件を3人一組の選定人チームが、選定評価表を元に現場を回り、風景づくりプランの意図や、実行性を現場でヒアリングし、プランが地域風景資産の4つの条件を満たしているかを評価した。評価は現場で行うということは、この地域風景資産の選定の検討をはじめた時から変わらないポリシーでもある。
8.選定人意見交換会: 選定人チームがバラバラに現場で行った評価のバランスをとるために、選定人同士が集まり、どのような評価をしているのかを意見交換した。これは、チームによって評価が辛口過ぎたり、甘すぎたりすることがあり、地域ごとに偏った評価にならないようにする必要があったことと、はじめての選定のため、条件の解釈が選定人チームごとに差がおきやすかったために設けている。ただし、この場で全体で評価を決めることはせず、最終的な評価はそれぞれの選定人チームにゆだねられた。
9.事前説明会: これは選定人による選定評価を審査人に事前に説明する場である。選定評価のバランスを取る役割である審査人に、あらかじめ膨大な物件を理解してもらうこと、選定人の評価の意図を確認しておくことが目的。
10.公開選定会: 選定に関わる全ての役割の人々と、一般の人々が出席。推薦人による物件説明と、選定人による選定評価の発表を元に、審査人がシール貼りを行い、必要に応じて質疑応答を行った上で選定を決めた。あくまでも、現場で選定評価をした選定人の評価を、全体を見た視点でバランスを取るのが審査人の役割。実際は、選定人が非選定としたものがこの場で選定に変わるなど、公開選定での逆転劇も見られた。平成14年度は、42件中37件が選定された。(※その後、選定物件の所有者の諸事情により1件が辞退し36件となった。)
 
     

この様な複雑なプロセスになったのは、あくまでもふるい落とすために様々なハードルを設けたのではなく、推薦者の持つ地域に密着した大切にしたい風景への想いを、風景づくりという現場活動につなげていくために、できるだけ多くの人が関わり、多くの知恵やモチベーションを集めていく必要があったわけです。
「○○百景」(世田谷区の場合はせたがや百景)といった、推薦されたものを単純に投票で決めるしくみでは、選定後にそこに活動が生まれることは少なく、またファンドのような助成のしくみの場合も助成期間終了後に活動が縮小するケースも多いため、できるだけ数多く選定することよりも、地域に住む人々の知恵やストックを活用し、長続きするための選定を目指した結果がこの選定プロセスとなりました。

 

 

●地域風景資産選定における2つの協働

 

地域風景資産の選定プロセスでは、たくさんの人々の参加なくして実行できないものでした。平成14年の第1回目の選定プロセスでは、風景づくりフォーラムの場で、プロセス等のしくみづくりの検討を進めながら、実際に選定プロセスの現場も動くという併走状態で進行したため、フォーラムの参加者が、サポーターや選定人も同時に行うという状態になりました。
フォーラム参加者に非常に負担のかかる状態ではありましたが、一方で現場のニーズが選定のしくみづくりのニーズに反映することができ、区民の目で区民を応援するしくみづくりにつながったという効果も生まれました。

 

 

●選定された地域風景資産36件

 

これらのプロセスを経て、36件の地域風景資産が平成14年12月に選定されました。選定物件は区のホームページをご参照下さい。今回選定された地域風景資産の特徴としては、いわゆる景観的にすぐれたものばかりではなく、景観的には全区的な魅力を持たなくても、地域の人が歴史を調べたり、お祭りで地域の名称を使ったグッズを開発・販売するなど、地域の魅力を掘り起こしながら将来の風景づくりにつなげていくもの。
周辺の既存コミュニティ(町会や協議会)等と連携しながら、資産周辺の開発とも協議をはじめているもの。
世田谷まちづくりファンドなどの、既存の支援制度のしくみを活用しながら、風景づくり活動を展開するものなど、様々な方法で風景づくり活動が展開しています。
単に、訪れていいと感じるだけの風景ではなく、そこにいる人たちの活動を含めて風景に育っているというのが、地域風景資産の特徴といえるでしょう。
しかし、選定後、ほとんど活動がないという物件もあり、ハードな一連の選定プロセスを経ても、実際に活動が進んでいる物件の誕生率が1割程度だとすると、この数値を低いと考えるか、十分と考えるかは今後の評価が必要となるところです。

 

 

●風景づくりフォーラムの今

 

選定後の風景づくりフォーラムはしくみづくりの役割を終え、現在は推薦者(活動人)の交流・情報交換の場として、テーマを決めた風景づくりの講義や、意見交換等を行っています。(隔月開催)
しくみづくりに関わっていたフォーラム参加者は、現在継続的にフォーラムに参加する人と、地域風景資産のサポート組織として、支援活動を行う人に大きく分かれてきています。
世田谷区も、地域風景資産の支援活動を行う団体との協働事業をプロポーザルで募集するなど、支援活動を育てようという動きを見せています。
今後、しくみづくりに関わったフォーラム参加者が、どのような支援活動を行うのかも注目すべきポイントになっています。

 

 

●次回選定に向けて

 

世田谷区によると、次回の選定は平成17年度を予定しているそうです。平成15年度には、選定のしくみづくりに関わったフォーラム参加者と、実際にそのプロセスを実践した推薦者の参加のもと、選定のしくみの見直し検討会を開催しました。
ハードルの多かった選定プロセスをシェイプアップすることや、推薦者への十分な情報提供、区民と区職員がより連携しやすい体制づくりなど見直しのポイントが多く出されました。これらの見直し結果が次回選定に、より効果的な成果を生み出すことが期待されます。

 

 

●参考:研究論文

 

このページで紹介している内容については、日本都市計画学会の研究論文(共同研究)にて、詳しい内容を読むことができます。関心のある方はダウンロードして、ご一読いただけたら幸いです。


 「地域風景資産選定における2つの協働に関する一考察 −世田谷区風景づくり条例のケーススタディ−」
   著者:岡田雅代(正会員 おかだプランニングラボ)
       松本篤(アトリエHOR)
       千葉晋也(正会員 石塚計画デザイン事務所)
       坂井えりか(正会員 石塚計画デザイン事務所)
   掲載:平成15年度 日本都市計画学会論文集掲載
   
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