最初の手紙

あれからずいぶん時が経ちましたが元気にしていますか。
 ご主人の仕事で長期間海外に行かれ、私の事務所を離れることになった時はとても残念な気持ちでした。「まちづくり」とは縁の遠い国際政治の勉強をされていた君が、思うところがあってこの世界に飛び込んでこられた。それ以来、まちづくりの現場からスポンジのようにいろいろなことを吸収する姿には、私自身、初心にかえって学ぶところも多くありましたし、これから多くのことを伝えていきたいと思っていた矢先でもありました。
 おそらく君のことですから、今でも、まちづくりに対する思いは強く持ち続けていることと思います。日本を離れている間に、手紙という形ではありますが、まちづくりを志す君へ、私が伝えていきたかったことを書き記していきたいと思います。

「像」と「場」のデザインは、まちづくりの両輪

 君の最後の挨拶はとても印象的でした。長期間海外に行かれることが決まってひらかれた小さなお別れ会での挨拶です。それは確か次のような言葉だったと記憶しています。
「事務所に入ってからずっと、住民と行政の皆さんの間に立って、信頼関係をどのように作り上げるかを一生懸命やってきました。けれども最近になって考えが少し変わりました。信頼関係をつくることはあたりまえのことであって、その上でプランナーとして住民の皆さんが求めている先の姿が何かを示していくことが大切なのだと。そう思うようになった矢先に現場を離れるのはほんとうに心残りです。」
 君の挨拶が私にとって、なぜ印象的だったのか。それには2つの理由があります。ひとつは、私がかねてより話していた「像」と「場」の概念について、体験的理解を示されたことへの驚きと喜びです。もうひとつは、まちづくりに関心を抱き、仕事として取り組むことを志した若い人たちが「像」と「場」の概念に至るには、まったく異なる2つのアプローチがあるという点です。
 「像」と「場」の概念については、何度も口にしていたので今更かもしれませんが、簡単に振り返っておきましょう。私は「像」と「場」について次のように定義しています。「像」とは、市民エネルギーを凝集できる対象で、物的環境や社会システムのあるべき姿を示したもので、「場」は市民エネルギーを発生、共有、増幅させる社会的環境で、人と人との関係によって成立するものです。まちづくりでは、この両者がきちんとデザインされることが大切だと考えています。
 君の言葉で言うと、「住民と行政の皆さんの間に立って、信頼関係をどのように作り上げるか」とうのが「場」のデザインです。そして、「住民の皆さんが求めている先の姿が何かを示していくこと」が「像」のデザインと言えます。
 君は、国際政治の世界から、そこに暮らす人の思いと政策の距離を埋めることの大切さと、それが比較的実現しやすいフィールドを求めてまちづくりに関わられたので、まず、「場」のデザインに関心があったのは当然と言えます。一方、建築や都市計画を学んだ若い人は、「像」のデザインをすることが自分の専門性であると強く思われています。それぞれ異なるアプローチではありますが、究極、「像」と「場」のデザインは、まちづくりの両輪であることを気付くことが大切だと思います。
 「場」だけできても、意見の対立構造を止揚したり、課題の共有の先に解決の手法を見いだすのには、高いハードルがあります。そこには「創造的提案力」が求められるわけです。優れたワークショップなどにより「場」から創造的提案が生まれることもありますが、その「場」に関わるプランナーは、求められている「像」は何かについて常に深く考えていなければいけません。また、専門家の視点から、こうあるべきだという「像」を一方的に提示しても、それを支える「場」が生まれなければ、まちづくりにはつながりません。常に住民の声や気持ちに耳を傾け、自分の組み立てた「像」との距離を見定め、不断の「像」の見直しを行う姿勢が大切です。同時に、「像」を一方的に提示するのではなく、「場」のなかで創造的提案が生まれるプロセスをデザインすることも求められます。ここに、まちづくりプランナーとしての資質の大半があるといっても過言ではありません。君は、それに一歩、近づいた段階であるわけです。
次の手紙では、私が「像」と「場」の大切さに気付いた経験を少し書いてみたいと思います。