ファシリテーターの役割

・重要なファシリテータの役割

H.サノフはファシリテータの役割を、「人々が現に有している、または有している可能性のある資源を、人々が恩恵をこうむるようなやり方で開発すること」「これから行われることに人々が関わっているということを自覚してもらい、各人が言おうとしていることにグループが耳を傾けていることを知らせること」だと言っています。私はワークショップの自己紹介では、「皆さんがまちづくりについて考え、議論するお手伝いをする○○です」ということが多いのですが、めんどくさいときは「司会進行の○○です」といったりすることもあります。実際の役割はワークショップを運営していく中で参加者に自然と伝わっていくのですが、「○○さんがいるので、きちんとした議論ができる」とか「行政の難しい言葉をわかりやすく伝えてくれるので理解しやすい」などと言われると、少しは役に立っているのだという気がします。ここでは、ファシリテータの定義を考えるより、どういう姿勢で臨むことが重要なのか経験的に思うことにふれてみたいと思います。

・「口」より「耳」-ユング心理学から学ぶ(その1)-

まちづくりワークショップを何回か体験するうちに、以前、本で読んだユング心理学の心理療法の考え方と何か共通するものを感じました。とはいってもそもそもユング心理学に深い理解があるわけでもありませんので、表面的に似ているだけかも知れませんし、ユング心理学の間違った解釈によるのかも知れません。しかし、まちづくりワークショップとは何か、ファシリテータの役割は?という問題を考えるうえで、何かの手がかりを与えてくれるように思います。

最初に共感を持ったのは、ユング心理学において治療者がクライアント(相談者)との関係をどうとらえているか、そしてどのように接するかという点です。基本的にクライアントが治癒するのは、治療者の助言指導によるのではなく、クライアント自らがもつ自己実現をもとめる力によるとされ、治療者はクライアントが自ら治癒にいたる過程を共感をもって見守る役とされます。

まちづくりワークショップにおいても、まちをもっと元気にしていくエネルギーやまちの大切な環境を維持していくためのエネルギーを地域の中に育てていくことが究極の目的のように思います。住民のまちづくり要望をゲーム形式などでヒアリングし、計画に生かせるものは活かすというのは、それなりに意味があり、何もしないよりはましといえるでしょう。けれども、そのようなワークショップは、ワークショップそのものの可能性を小さくしていると言えます。 まちづくりワークショップに積極的に参加される方は、自ら生活するそのまちに何かを期待してこられているわけです。私は仕事としてワークショップに関わっているのですが、参加者は忙しい時間をさいて義務ではなく主体的にまちづくりに関わろうとワークショップにこられるわけです。そのような参加者の潜在的エネルギーをまちづくりのエネルギーに昇華していくのがまちづくりワークショップと考えられます。

目に見えてまちづくりの課題がある地区は、その原因のひとつに地域の住民あるいは事業者のまちづくり意識あるいは意欲の問題が必ずといっていいほど存在します。そのまちはそこに住んでいる人の意識以上に環境は良くはならないと指摘する人もいます。課題がある地区には必ずといって良いほど人間関係が複雑で、意欲ある取り組みは足を引っ張られ、不満が多くはびこっています。まちの再生には、そのような意識構造をのりこえるエネルギーを必要とするのです。そのエネルギーがどこから生まれるのか。矛盾しているようですが、問題解決の力は地域の中にあるというのが、私の基本的スタンスです。

ファシリテータは、その力を引き出すのが重要な役割といえます。そのためには「口」より「耳」が大切と考えます。参加者の声に「心から耳を傾ける」姿勢がまず重要なのです。

・北風と太陽の話

ファシリテーターのタイプというか、スタイルは人それぞれで、いろいろな持ち味が見られるのが楽しいとも言えます。ある人は大きく分けると「北風タイプ」と「太陽タイプ」があるといっていました。「北風タイプ」はグイグイ議論をリードするタイプで、「太陽タイプ」は「場」を暖かく見守りながら主体的な展開を待つタイプといえます。ファシリテータの役割からすると「太陽タイプ」のほうが地域のまちづくりエネルギーを引き出す可能性が高いと言えるかもしれません。ちなみに私は事務所のスタッフに言わせると「南風タイプ?」だそうです。

・うなづきの術

ファシリテータの役割について、いささか抽象的な話をしてきましたが、その役割を演ずる上で参考になるポイントを私の経験からいくつかあげてみましょう。ひとつは「うなずきの術」です。参加者の多くは「なにかこの地域のまちづくりについては発言したい」「でも、まちづくりの専門家でもない私が何か立派な提案をまとめられるのだろうか・・・」といった期待と不安で来ていると思われます。それとH.サノフがいっているように「ほんとうに私の話を誰かちゃんと聞いてくれるのだろうか」という不安もあると思います。ファシリテータは、まずその不安を取り去ることに力をそそぐ必要があります。私は単純に「うなづく」ことが効果的だと思っています。最初の自己紹介とか、参加者が何か発言する際に、しきりに「うなづく」のです。そんな形だけでばかばかしいと考えるかもしれませんが、「だれかが(ファシリテータが)ちゃんと私の話を聞いてくれている」というのは発言者の大きな自信につながります。逆に、だれが聞いてるのかわからない状態ではヒステリックな「演説」になってしまう場合もあります。また、ファシリテータのそういう姿勢は、参加者に伝わり「聞く」ことの重要性を認識してもらうきっかけにもなります。

・翻訳の術

次に重要なのは「翻訳の術」です。これは、特に行政の担当者の説明の際に必須のものです。事前の担当者との打ち合わせでも「できるだけ一般の人がわかりやすい表現を」といいますが、実際には、言葉遣いがソフトになることはあっても、計画に関する内容はどうしても専門用語がポンポンでてしまいます。ファシリテータは、できるだけ参加者の目線になって、わかりにく用語があれば「ちょっといまのところがわかりにくかったのですが、それはこういう意味ですか?」と補足することが重要です。あるいは、行政の担当者がその場で明確に言いにくい内容などは、「その点、本音はどうなのでしょう?やっぱり○○の事情で言いにくいことはあるのでしょうね。住民としては、そこが知りたいところだと思うのですが、今のところは我慢しましょう。でも、事情が少し変われば必ず教えてくださいね」といったように、両者の思いを代弁することもあります。これなども、直接、行政の担当者と住民が「言うの、言わないの」とやり始めるとケンカになる場合もあります。また、参加者が発言する際にも、言いたいことはあるのだけれど、うまく言葉にできずにとりとめなく発言をしてしまう場合があります。聞いている参加者の間にも「あいつは何をいっているのかわからない」といった不満の雰囲気が流れることがあります。その際にはよく耳を傾け、何を言いたかったのかファシリテータが簡潔にまとめ、参加者の間で確認する必要があります。そのままほっとくと、発言した方も聞いた方も後味が悪いままで、発言の自己規制や参加者同士の間での規制が生まれる場合もあります。また、誤解して聞いたままだと、後々の議論に差し障ります。

・まとめの術

もうひとつの重要なポイントは、「まとめの術」です。当日、参加者の間で何が話し合われたかについて、ファシリテータは的確にまとめる必要があります。今までの話で、参加者の声に耳を傾け、参加者の潜在的力を信じ、参加者の心の中に問題解決の糸口を探る姿勢が重要といってきましたが、そうであればあえて「まとめ」などと考えない方が良いという意見もききます。しかし、ここでいう「まとめ」は一つの結論にまとめるということではありません。参加者の議論の中から、共通の関心がどこにあるのか、あるいはそれに対しての少数意見の視点で大切にすることはないのか、バラバラに聞こえる意見の間に関連性はないのか、また、明確な言葉になっていないが全体の雰囲気のなかから感じ取られるものはないのかなど、議論の全体図を描くと言うことです。図と言っても絵を描くわけではないのですが、議論をふりかえる「まとめ」のなかから、参加者が考える糸口が生まれることもありますし、その「まとめ」自体が、当日の参加者に充実感、達成感などのをもたらすことにもなります。まとめが適切であれば、会場の空気として「オー(声には出しませんが)」といった新しい発見に出会った感動が伝わってくることもありますし、参加者の「うなづき」と「表情」に次につながる手応えを感じ取ることができます。まとめをおこなううえでのポイントについては、また後ほどふれたいと思います。

・態度は「場」の「気」に影響する-毎回真剣勝負-

参加者には「ワークショップの3原則」として、次のようなことをお願いしています。

@他の人の意見を攻撃的に否定したりせずに、いろいろな考えの人がいることを理解しましょう

Aたくさんのことが言いたいときでも、なるべく多くの人が議論に参加できるように、ほどほどに

B全体の進行がスムースに行くように協力し合いましょう

でも、ワークショップは生もので、いつどのような展開なるか予測がつかないことが多いのです。特に、第1回目などは、参加者の顔ぶれもよくわからず、参加者同士もぎこちない状態なわけで、それこそいろいろなドラマが生まれるわけです。その際、ファシリテータの態度は重要で、「場」の「気」に影響します。こちらの調子が悪いと、会場の空気もおかしくなります。

経験的に言うと、ワークショップの始まる前はまるでこれからリングにあがるボクサーのような気分で非常に緊張します。その時は、どれだけ事前に議論や準備をしてきたかが心の支えです。でも一番重要なのは、十分な睡眠と体力の温存が重要です。ある時、ワークショップの前日に「もっときちんとした準備を」というのでついついがんばり徹夜になってしまったのですが、そういうときに限って、本番のワークショップが思わぬ展開を見せ、その流れについて行くには頭も体もボロボロで、悲惨な思いをしたことがあります。くれぐれも、前日の徹夜はやめましょう。